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東北見聞録 2 歩く・会う・語る・住む
黒田四郎 著
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立ち読みコーナー
けやき並木
 
 仙台のある運転手さんから聞いた話であるが、大阪からのお客さんに、けやき並木を案内してもらいたいと言われ、青葉通から定禅寺(じょうぜんじ)通と一周したところ、お客さんから、とてもすばらしいので、もう一度回ってもらいたいと言われ、再び回ったという。これは、仙台のけやき並木のすばらしさを、端的に表現したものではないであろうか。

 ところで、わが国でけやき並木と言った場合、世人はどこを連想するであろうか。仙台市建設局緑政部公園課・田島彰主幹の話では、東京の明治神宮の表参道と仙台のけやき並木ということであった。私は東京に住んでいた頃、ときどき明治神宮の表参道を通りそのけやき並木を見上げて感嘆したものであるが、明治神宮のけやき並木については、ほかの方々に譲ることとして、以下には、仙台のけやき並木について述べてみたい。

 仙台のけやき並木は、岡崎栄松(えいまつ)元仙台市市長の英断によって、昭和二十六年(一九五一年)に植えられた青葉通のものと、昭和三十三年(一九五八年)島野武元市長の決断によって植えられた定禅寺通のものとの二つから成る。

 昭和五十八年(一九八三年)ごろであったろうか。仙台のけやき並木のけやきは何本あるかと思って調べたことがある。三八八本であった。今はどうか。平成十一年十一月の時点での、前述の田島彰主幹の話では、青葉通二〇三本、定禅寺通一六四本、計三六七本で、現在工事のため、二〇本移植しているが、いずれは戻ってきて、三八七本になるという。とすれば、私が調べたときから十六年経過しているのに、ほとんど同じ本数でけやきが守られていることとなり、これは本当にすばらしいことだと思った。

 ◎戦災からの復興を期して

 仙台のけやき並木に関連して、まず述べなければならないことは、今は亡き八巻芳夫さんのことである。戦前、朝鮮総督府に勤務され、地方の土木課長時代に、緑のない地方道を並木で潤そうとの情熱のもとに、全道に並木を植えられ、戦後は、仙台の戦災復興事業に参画された方である。その著『杜の都仙台市の街路樹』(宝文堂)において、

 「全く緑を失った焼跡に立って、何が何でも木を植えようという執念にとりつかれ、土地区画整理といういまだ経験のなかった事業に取り組み、心身ともに疲れる日が続いたが、木を植えることによって、それもとれました」
 と語られ、また
 「戦災によって仙台は、緑を失ったが、杜の都という名は失われていない。杜の都の再現こそは、われわれに課された至上の命令である」とし、「木を植える前にわれわれの根性を植えようということで、職員が一丸となって必ず遂行してみせるぞという決意を新たにした」
 と語っておられる。

 この八巻さんのもとで一緒に仕事をされたのが八川透・元仙台市建設局緑地部長らである。チームワークよく、精魂をこめて、けやきを植え、育て、守って今日の美しいけやき並木ができあがった過程は、感動の歴史ということもできるのではなかろうか。

 青葉通は仙台川内線の愛称であるが、そのうち、仙台駅から東二番丁線までは幅員五〇メートル、東二番丁から大町頭までは三六メートルで、青葉山に通ずる大幹線である。このように仙台市を象徴する大幹線であるから、樹種については、まず風格があって樹幹が大きくなる十一種類が候補に挙げられた。これらについては営林署とも相談され営林署の近くにあったけやきと栃(とち)の木の中から、苗木のたくさんあったけやきを購入することができたので、けやきにしたといわれる。また定禅寺通は定禅寺・錦町線の一部の愛称で、全幅員は四六メートルである。これについては、早くから、けやきということに定められていたという。青葉通とのバランスをとるということであろうか。

 けやき並木が最高に美しいのは、新緑の頃である。緑萌える青葉山に向かって通ずる青葉通のけやき並木と、西公園に通ずる定禅寺通のけやき並木の新緑は、仙台市民にとって限りない喜びである。また、鬱蒼と茂った夏のけやき並木のアーケードの緑と、その緑の間からの木漏れ日は、市民に憩いとくつろぎを与えてくれる。秋ともなれば、けやき並木の濃い緑は、黄色から樺色まで樹ごとに色合いを異にして変わっていき、けやき並木のアーケードをくぐり抜ける人々に、秋の移ろいをしみじみと感じさせてくれる。

 園芸家・柳宗民(やなぎむねたみ)氏は、葉の落ちたけやきの冬の姿は美しいと言っておられるが、そのけやきの並木の二本のラインが平行して仙台の中心街を走っている様子は圧巻である。私にはこの冬のけやき並木は乙女が空に向かって手を挙げ、踊りながら春を呼んでいるように思われて、嬉しい。

 けやき並木は、仙台市が世界に誇る財産である。また私たち子孫への最大の贈り物である。「青葉通は、私の死後必ずや評価されるであろう」と予言された岡崎栄松・元仙台市長に対し、そして西公園と勾当台公園の間の定禅寺通をけやきの大樹林帯とする構想を決断された島野武・元仙台市長に対して、その偉業を限りなく讃えたい。そして青葉通と定禅寺通のけやき並木が、いつまでもその美しい風情をとどめることを願ってやまない。

 ◎けやき並木にも休日を

 私は平成十一年十二月前述の八川透さんにお会いして、けやき並木のことなどについていろいろとお話をおうかがいする機会を得た。八川さんは、仙台市緑地部長を約八年間務められ、岡崎元市長や島野元市長の信頼も厚く、ひたすら杜の都を守ってこられ、私は深く感銘を受けたのであるが、特に私の印象に残ったのは、

 「けやき並木に排気ガスを吸わない休日を与えて、これによりわれわれもけやきに感謝しながら、けやき並木の下で楽しいひとときをもつことにしては、どうでしょうか」
 とおっしゃったことである。さらに八川さんは続けて、
 「この提案は、歩行者天国とは異なります。歩行者天国は人間サイドからの発想であるが、これはけやき並木サイドに立ったものです」
 とおっしゃった。

 そうなれば、けやき並木も喜ぶことであろう。聞くところによれば、けやき並木は通常五百年の樹齢を保つものだが、昨今のように公害を受ければ場所によっては五十年くらいで衰退する木もあるようである。しかし、このけやき並木に休日を与えれば、それによって、樹齢が延び、樹勢にも好影響を与えることになるであろう。

 仙台市は、地球環境保全都市を標榜しておられるが、けやき並木に休日を与えることはできないであろうか。もしそれができれば、これは地球環境保全都市にふさわしいのではなかろうか。

 終わりに、仙台市においては、街路樹としてけやきのほかに、イチョウ、トウカエデ、ニセアカシア、プラタナス、アオギリ、ユリノキ、シタガシ、エンジュ等十種類があり、道行く人々に風情と詩情を与えていること、平成十一年五月、仙台市の百万人突破記念樹として、市役所前庭にモチノキが二本植えられたこと、さらには、仙台市は百年の杜づくり行動計画を策定して、緑の保全、緑の創出、緑の普及に向けて各種の施策を展開しておられることを、申し添えておきたい。