東北文庫   ホーム   購入ガイド   このサイトについて   お届け状況   お問い合わせ   サイトマップ
www.tohoku-bunko.jp ホーム ≫書籍一覧 ≫東北見聞録 3 ≫立ち読みコーナー かごの中身をみる  
書籍一覧
書名、著者名ほか、キーワードでお探しの本を検索
 
東北見聞録 3 歩く・会う・語る・住む
黒田四郎 著
関連書籍/東北見聞録東北見聞録 2 東北見聞録 4
立ち読みコーナー
東北が誇る世界自然遺産−白神山地(しらかみさんち)
 

 今から一〇年ほど前であったろうか。東北の白神山地が世界自然遺産に登録されたことを知り、とても感動した記憶がある。その後、三内丸山がブナ林に囲まれていたことから、ブナ林の重要性について考え、調べてみたいと思った。

 そこで青森県自然保護課、同県岩崎村および秋田県自然保護課にお願いをして、たくさんの資料をいただいた。さらに、鎌田孝一著『白神産地を守るために』(白水社)や根深誠著『津軽白神山がたり』(山と渓谷社)を参考にして、以下に述べてみたい。

 ◆森林保護の努力が実って

 私はまず「白神」という名前にひきつけられた。『津軽白神山がたり』によれば、名称の故事来歴は残されておらず、推測の域を出ないとしたうえで、
 「白神岳の山頂と白神川河口近くに白神大権現の祠があり、ここで頭に浮かぶのは、津軽地方に今も残るオシラサマ信仰との関連で、オシラサマとは養蚕の神で正しい本名が白神である……」
 と述べているが、名称の由来については、こうした説があると、紹介するにとどめたい。

 ところで、自神山地は、青森県南西部から秋田県北西部に位置し青森県の西目屋村(にしめや)・鯵ヶ沢町(あじがさわ)・深浦町から、秋田県の八森町(はちもり)・峰浜村・能代市(のしろ)・藤里町にまたがり、標高八〇〇メートルから一二〇〇メートルあまりにおよぶ山岳地帯の総称である。代表的な山は、向白神岳(むかいしらかみだけ)(一二四三メートル)、白神岳(一二三二メートル)である。

 この白神山地の総面積は、約一三万ヘクタールで、ブナ原生林を主体とする世界でも最大級の、手つかずの自然の宝庫である。この原生林は、天然記念物のクマゲラやイヌワシをはじめ、学術的にも貴重な動物が生息して、価値の高い生態系を有する地域である。

 これが評価されて、白神山地のブナ原生林は一九九三年十二月、世界自然遺産に登録された。屋久島とともに日本で初めての世界自然遺産登録であった。面積は約一万七〇〇〇ヘクタールで、うち青森県約一万二八〇〇ヘクタール、秋田県約四三〇〇ヘクタールである。

 この世界自然遺産として登録された地域は、特に優れた植生を有し、人為の影響をほとんど受けていない核心的な地域(核心地域)と、核心地域の周辺部の緩衝地帯としての役割を果たす地域(緩衝地域)とに分かれて管理がなされ、核心地域は特に厳正に保護される地域である。なお緩衝地域は、世界遺産委員会ビューロー会議の動きを受けて、拡大した地域である。

 世界遺産が根拠とするのは、世界の文化遺産および自然保護に関する条約である。その目的は、世界の文化遺産・自然遺産の保護のために保護を図るべき対象をリストアップし、締約国の拠出金からなる世界遺産基金により、各国が行う保護対策を援助するというもので、一九七二年にパリで開催された第一七回ユネスコ総会で採択された条約である。

 締約国は、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、ロシア、中国、日本など、二〇〇三年十一月二十八日現在で一七七ヵ国である。世界遺産の数は、自然遺産一四九、文化遺産五八二、自然遺産と文化遺産複合は二三で、計七五四カ所にのぼり、そのうち日本は一一ヵ所である。

 日本が世界遺産に登場したのは、一九九三年で、世界遺産条約が発効してから一八年も経過している。また、白神山地の保全という観点から見ても、白神山地森林生態系保護地域の設定は、ようやく一九九〇年三月からである。自神山地自然環境保全地域の指定も、一九九二年七月であり、国会における世界遺産条約承認自体がこの年の六月だったのである。わが国の世界遺産に対する取り組みは、スローモーの譏(そし)りを免れえないであろう。

 そうしたなかにあって、むしろ民間の白神山地原生林保全運動が始まった時期のほうがもっと早く、一九八二年からであった。日本自然保護協会のバックアップを受けて、秋田サイドからは、「白神山地のブナ原生林を守る会」および藤里町の「秋田自然を守る友の会」が、そして青森県サイドからは、「青秋林道反対連絡協議会」が、密接な連携をとりながら、それぞれ活発な運動を展開した。その結果、前述の林野庁および環境庁から保全地域の指定を受けることとなり、さらに世界自然遺産の登録に至ったのである。私はこれらに参加した人々が払った時間と努力に対して深く感動を覚えるものである。これらの運動については、先に挙げた鎌田孝一氏と根深誠氏の著書に、詳細に述べられている。

 ◆ブナ林は森の母

 ブナ林は、ほかの森林に比較して生命をはぐくむ力が並はずれて強い。水源涵養(かんよう)機能や地表浸食防止機能なども高く、このような多面的な機能に加えて、その美しさも高く評価されている。諸外国ではどうであるかというと、根深誠氏によれば、イギリスではブナは、“the mother of the forest”(森の母親)と呼ばれているという。また、デンマークでは国歌に、「湖面にブナが影を落としている限り、祖国は決して滅びない」と歌われているという。さすがはデンマークである。

 ブナ林の魅力について、鎌田孝一氏は「私が一番感じるのは、白神に行くと気持ちが豊かになるということで、ああ自然の懐に抱かれているんだなあということが実感できる」と述べている。加えて、「山へ行った時あるいは何かをとった時、あたりに誰がいなくても、(自然に対し)有り難うという言葉が(思わず)出てくる」とも言われている。さらに「晴れた日でも雨の日でも四季に応じて(自然は)姿を変えて見せてくれる」と書いておられる。いうならば、自神の自然は心にやすらぎと潤いを与えてくれるということであろうか。

 私は先に、二十一世紀は人類が人類の危機をひしひしと感ずる世紀となり、その危機とは、地球環境の悪化と精神の荒廃である、と述べたが、白神山地のブナ林が世界自然遺産に登録されたことは、こうした危機の防止に、大いに貢献してくれるのではないかと、思っている。